Monthly Archives: 8月 2014

主婦になって感じたお金の重み

独身時代はバリバリ働くOLだった私。しかし、結婚を機に退職し長い間専業主婦をしていました。
この生活の変化で一番大きかったのは、自分のお金の使い方です。

働いていた頃は、洋服や化粧品も惜しまず買っていましたし、年に数回の海外旅行も楽しんでいました。
ところが、専業主婦の収入は全くのゼロなのです。
まさか旦那の給料を散財する訳もいかず、それとなくストレスが溜まっていました。

そこで始めたのが、短期のアルバイトです。
倉庫内の簡単な作業で、雇用は一ヶ月。それでも月に10万円ほどの収入になります。
以前の私なら、10万円なんてすぐに使っていましたが、家事をしながら懸命に得たお金の重みはかなりのものでした。
喫茶店で飲む珈琲を勿体ないと思わない余裕が生まれ、少しでも働いて給料を貰えた事が嬉しくてなりません。
それと同時に、お金がこれほど大切なものかと改めて実感しています。

子供が欲しいと願っていたので仕事から遠ざかっていましたが、こうして短期の仕事を繋げていって収入を得るのは良いかもしれないと思っています。
昔のように浪費をする機会はやって来ないでしょうが、お金のもたらす気持ちの余裕が幸せでなりません。

初めてお小遣いを貰った日

未だに母親から、「あの時は教育を間違えた」とネタにされることがある。家庭内における労働対価によるお小遣いの教育である。母はわたしに金銭感覚を見つけて欲しいと思って始めたのであろう。ちょうど中学生になった時の話だ。風呂や部屋の掃除から食器、車の洗浄、布団の上げ下げから干し入れなど、とにかく家事になるものなら何でも労働対価による金銭授与が行われた。わたしは必死に家事労働に励んだ。頑張れば報われる。そんな日本人根性丸出しだったわたしにはこの上ない喜びだった。家事労働を行う度に、自分の財布にお金が溜まっていくのがこれまたものすごく快感だったのだ。

そんな蜜月の日々は、ある日突然終わりを告げた。「これからはもう、お金を払うの止めるから」母が失敗したと感じたのは、わたしが金動く人間、打算的な人間になってしまうことへの危惧だったそうだ。実際、金銭を伴わない労働に不満そうな顔色を見せるわたしに「これはまずい」と直感したらしい。お小遣いはわずか一週間でストップされ、わたしの財布は1000円しか貯まらなかった。これをどうしようかと考えたわたしは結局母親に預けてしまった。どう使っていいのかわからなかったからである。元の木阿弥とはこのことだ。
今はもう社会人になってしまって、結局わたしはお小遣いというものを1000円しか人生で貰わなかったことになる。